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【小説】もし日本の総理大臣がPOP広告を描いたら〔第1章〕5
〔第1章〕 高大は『繁盛店が必ずやっているPOP 最強のルール』と出会った
第1節―5)
「こんにちは!」
高大は商店街の視察をはじめていた。ここは東京下町にある老舗が多い商店街であった。
最初に訪れたのは創業153年の履物屋であった。店頭のショーウインドーには目に鮮やかな色の履物がずらりと並んでいた。
「いらっしゃいませ」と、ここの五代目店主が応対してくれた。
「何かあったのですか?」五代目は不思議そうに高大に尋ねた。
それもそうだ。突然、総理大臣がお店に来るなんてことは考えられないことだった。
「少しお時間頂けますか?」高大は視察の主旨を説明しはじめた。
「伺ったのは従来のように店主さんはじめ国民の皆さんからご要望をお聞きするためではありません。皆さんから学びにそして何かを感じ〝日本の景氣回復〟に生かすためにお伺いしたのです」
高大は自分の思いを語り店主の了解を得ることができた。
そして早速、準備していた3つの質問をした。
「一つ目ですが、お店で代々受け継がれていることは何ですか?」
「家訓のようなものですが、『身なりは足元から』ですね」
履物屋さんらしい家訓であった。〝オシャレは足元から〟はこのお店の家訓が始まりであった。
「二つ目ですが、お店で習慣にしていることは何ですか?」
「習慣というか儀式みたいなことですが、鏡を磨くことです」
店主はお店の床にある小さな鏡を指さしてこたえた。
「これはお客さまが履物をはいたときに見る鏡です。履物専用の」
「靴屋さんで見たことがあります。これを磨くのですね」
「床面に近いのでホコリがつきやすいのです。履物の見映えに関わりますので毎日きれいに磨きます。それ以上に私たちの心の垢が落とされるようで氣持ちが良いのです」
数日前から視察を開始していたが、参考になる回答を得たのはこのお店が初めてであった。高大はこの時点でようやく視察の判断に誤りがなかったことに安堵していた。反対を押し切って、賛同者もいない中、閣僚らを納得させる素材が少しでも多く欲しかったのだ。
「最後の三つ目です。ご商売を通じて未来に残したいことは何ですか?」
「日本の履物はいつまでも使い続けられるところに価値があります。紐が切れたらその部分を取り換え、底が減ったら補修することができます。良いものをいつまでも長く使うという精神が育ちます。商売を通じてその精神を残したいです。もちろん履いて粋であり、置いてあるだけで美しさを感じます。さらに脱いだ後、揃えて置きたくなる心の調整にもつながるのです」
「リユース、リデュース、リサイクルの推進活動をある省庁では展開していますが、履物の世界では当たり前のことなのですね」
「履物だけではないと思います。受け継がれている日本の職人技術はすべて未来に必要とされる技術を超えた重要な考え方ではないでしょうか」
高大は古いと思っていたことが実は最先端なのかもしれないと感じた。そして官邸にいても決して得られない情報であり、本来望んでいたことであった。
【予告】 連日、高大は商店街の視察を続けていた。